|
吹奏楽が大好きな『コアラねえたん』のフルート物語です。

なつの部屋
『コアラねえたん』 というのは、
高校1年生になった我が家の3人娘の長女のことです。
『コアラ』というのは、実は動物占いのキャラのことなのですが、
実際、動物占いの『コアラ』そのものです。
ちなみに動物占いの本によると、
<コアラ>
ロマンチストでボーッとしているのが好きですが、
現実的な感覚も持っていて言い訳の天才。
サービス精神あふれる人気者。
布団でうだうだするのが好きで昼寝も大好き。夜更かしもする困り者。
お風呂も好きですが、面倒な日はさぼってしまう。
遊園地や旅行など楽しいイベントが大好き。
おいしいなら行列のできるお店で待つのも平気なほどグルメ。
・・・だそうなのです。
でも、・・・本当に、まるっきりそのまんまです!!
まるで娘のことを見て書いてくれているかのようで・・・・・。
でも、実はそんなコアラねえたん、
身体には、持って生まれた運動制限というものがあるのです。
もちろん、本来であれば武道とはいえ、剣道のような激しいスポーツは出来ません。
ところが、三人の娘達は一緒に剣道をしたいと言い出したのです。
本当のところかあさんはどうしようか困りました。
といいますのも、
小学校4年生になったコアラねえたんのこれまではというと・・・、
周りの友達がいろんなスポーツをしていても、
ほとんどの場合は、それをただ見学するだけでした。
ですから、二人の妹達がいろんなスポーツをしても、
コアラねえたんは私と一緒に見学するだけだったのです。
おそらく自分も一緒に汗をかいて走り回りたかったのでしょう。
目一杯飛び回りたかったのでしょう。
そんなコアラねえたんが道場の門をたたき、初めて握った竹刀。
「私も剣道をやる!今度こそ三人で一緒に続けるぞ!」
きっとそう思ったにちがいありません。
「どうしてもやる!」
といってききませんでした。
道場の先生に相談をしたところ、
なんと道場の先生、元々看護士さんだったとのこと!
そんな先生から
「大丈夫ですよ!」
と、にっこり微笑みながらも心強い一言が!
その言葉に迷っていた気持ちは吹っ切れ、
コアラねえたんが、自分でここまで!
と思う日まで剣道をさせてみようと思いました。
こうして二人の妹とともに、三人で剣道をはじめる事になったのです!。
コアラねえたんの剣道は、
先生方と道場の皆さんのおかげで、それから1年半の間続けることができました。
どうして1年半なのかというと、
やはり剣道と学校での活動の両立は、
思った以上にコアラねえたんの体に負担を掛けていたようでした。
よくしていただいた先生、
道場のみんなと1年半後にお別れすることとなってしまいました。
でも、道場での1年半は、
これからのコアラねえたんにとって、
おそらくかけがえのないものになると思います。
それまでのコアラねえたんは、
どこかで、何事に対してもブレーキをかけていたようなところがありました。
おそらく私がそんなふうにさせてしまっていたのだと思います。
これ以上やらせてはだめだとか、
ここまでにしようとか。
ところが道場では、まさしく必死でした。
それからのコアラねえたん、
すべての物事に対する取り組み方が違ってきたように思います。。
そして小学校を卒業し、中学校へ入学。
中学からは本格的な部活が始まります。
中学では、かねてから本人が希望していた
念願の吹奏楽部に入部。
ここでも、また良い先生にめぐり合うことに。
吹奏楽部の顧問の先生、音楽の世界では結構有名な方とのことでした。
その顧問の先生から担当を命じられた楽器が、なんと『フルート』。
実はコアラねえたん、熱くクラリネットを希望していたこともあって
当時は少々、というか、本当にがっかりしていたようでした。
ただ、フルートになったのには訳があって、
顧問の先生に、コアラねえたんの身体のことをお話したところ、
いろんな要素を踏まえて、真剣に考えて下さいました。
その結果、
「フルートにしましょう」 ということになったのです。
でも実はここでの、この『フルート』とのめぐり合わせが、
その後の本人の高校受験において、とっても大きな影響をもたらすなどとは、
本人はもとより親であるかあさんも、
この時点ではまったく考えてはいませんでした。
それはさておき入学した中学校は、
この年に入学した子供達が1期生となる、まったくの新設校でした。
吹奏楽部を含め、
すべての部活動は何もないゼロからのスタートとなります。
ですから部員達が互いに協力して、全員で造り上げなくてはなりません。
ところが、そんなスタートからわずか3ヶ月後にコンクールが・・・。
チームワークもそこそこの状態の中で、
全員でコンクールにむけての猛練習が始まりました。
幸い良い先生、良い仲間達に恵まれて、
コアラねえたんもコンクール金賞に向けて、フルートの猛練習に励んでいたことが、
今でも印象に残っています。。。
結果は金賞には届かなかったものの、
顧問の先生を筆頭に、全員がひとつの目標に向かって一生懸命になれたようでした。
よく、
『結果じゃなくて、そこに至るまでのプロセスが最も大切!』 といいますが、
この時にコアラねえたんや吹奏楽部のみんなが得たものは、
本当に大きなものだったように思います。
それからのコアラねえたんの部活に対するがんばりといったら大変なもので、
見ているこちらが、
「体、大丈夫なんだろうか?」
と思わず心配になってしまうくらいでした。
そんなコアラねえたんに、またしても試練が訪れます。
大好きな学校と仲間達とともに、
それこそあっという間の2年が過ぎようとしていました。
そんな、中学2年の3学期も終わりに近づいた時期に、
本人にとっては突然降って湧いたような引越しの話。
それは我が家の次女のページ 天然娘次女の剣道物語 にあるように、
剣道で次女が北九州の中学校に入学することになったためでした。
引越しの話を聞いたコアラねえたんは、
「私一人でも福岡に残るから!!」
と言い出すくらい、引越し=転校には猛反対!!
ただでさえ中学3年生からの転校なんて、
高校受験を考えても大変なうえに、
大好きな学校と大好きな仲間達と別れる事になる・・・。
コアラねえたんの気持ちを考えると、
・・・、この時ばかりは親としても正直、本当に悩みました。
でも、最終的にはコアラねえたんが折れてくれて引越すことにはなったものの、
その時のコアラねえたんの気持ちは、
到底ここでは書ききれないくらいにつらかった筈です。
そして北九州の中学校に転校。
もちろん部活は吹奏楽部に入部しました。
しかし・・・、またまた試練が!
転校した学校の吹奏学部は、
なんとマーチングがメインの吹奏楽部だったのです。
当然、コアラねえたんはマーチングの経験などあろう筈もなく・・・。
マーチングといえば、楽器の演奏は出来てあたりまえ!
プラス、『一糸乱れぬ行進!!』なのです。
普通なら、
なんとなく不安な気持ちを強く持っても不思議ではないと思うのですが、
コアラねえたんは違いました。
プラス思考?・・・いーぇ、本人いわく
「ポジティブシンキング!」
だそうです。
「とにかくやってみる!」
でチャレンジしたのです。
幸い、ここでも顧問の先生がとってもいい先生だったのです。
その後も、初体験のマーチングにもかかわらず、
この先生のおかげでなんとかやり通せたように思います。
それは、もちろんコアラねえたんの前向きな姿勢と
「ポジティブシンキング!」
があっての事だというのは言うまでもありません。
これで、
布団でうだうだするのが好きで昼寝も大好き。
夜更かしもする困り者。
がなければいいんだけど・・・。
|